滅び
春日大社の宝物「金地螺鈿毛抜形太刀」(平安時代)にも、螺鈿の中にパート・ド・ヴェールで作られたと思われるガラスが使われていました。2017年人間国宝・北村昭斎先生と共に、復元模造事業に携わりました。
吹きガラスの発明と共に滅びますが、アールヌーボーの時代にフランスで再興されました。しかし、一子相伝のため、再び途絶えた幻の技法です。
パート・ド・ヴェールとは、フランス語で“ガラスの練り粉”という意味です。
希少
ここに京都の染織図案家夫婦によって、蘇ります。7年の歳月をかけて再現した日本のパート・ド・ヴェール。
2009年亘が京都府指定無形文化財保持者に認定された際に、日本語で「鋳込み硝子」という名前を作っていただきました。
文明が発達した現在においても、失敗の多い未知なるこの技法は、取り組む方が少ない希少な技法です。
特徴
質感
パート・ド・ヴェールの特徴は、ガラスの硬質な透明感のあるイメージを覆す、その柔らかな質感にあります。
粉ガラスを使用するゆえに必然的に存在する複数の細かい気泡が、微かに透過する光と和菓子のような柔らかな質感を生み出しています。
色彩
また、粉ガラスの色を数種類使用することで、他のガラスには無い複雑なグラデーションや情感ある水彩画のような色彩を創り出す事が出来ます。
石田家の
パート・ド・ヴェール
パート・ド・ヴェール
両親である石田亘・征希がパート・ド・ヴェールに取り組んで30年ほどになりますが、元々京都で着物や帯の図案をしていたところ、このガラスの質感の虜となって、一念発起研究を始めたのが、ルーツとなります。
この未知なる技法を独学で研究した事、京都で培った繊細な美意識を生かし、西洋にはない日本特有の品格ある工芸品を作ろうと思った事が、結果的に他にはない日本の「和のパート・ド・ヴェール」を生み出すこととなりました。
2009年に、亘が京都府指定無形文化財保持者として認められました折に、「鋳込み硝子」という名称を日本の伝統工芸として新たに作って頂きました。
現在では、長男の知史も両親とともに研究制作しながら、彼らの歩んで来た道の上に現代を意識した、新たな風が感じられるような作品を目指して制作しています。